地域について

地域について


想いと歴史を、
永久に。
兵庫県三木市の北東部に位置する吉川町。
加古川へとつながる美嚢川の支流が横切るように、のどかな田園風景が広がっています。粘土質でありながら、棚田は水はけがよく、日照時間も長い地域です。
豊富な粘土質の土壌を活かした、さまざまな農作物の栽培。
そして現在では、日本トップクラスの酒米「山田錦」を生産していることで知られています。
こちらのページでは吉川町の歴史と、吉川町の土地の特徴をご紹介いたします。
もともと三木市という土地は、壬生藩の鳥居家(三河国・下野国の武士の家系)が、播磨国加東郡・美嚢郡(現在の加東市・三木市)に与えていた飛び地領でした。
古くから農業が盛んで、この地で採れた酒米はかつて「鳥居米」とよばれました。江戸時代の終わりごろ、品質の高さを買われたことから、下野国(現在の栃木県)に酒米を納めることに。そこから、摂津国・播磨国(現在の兵庫県)が名を馳せるようになりました。
古文書によれば、上方の酒造家たちが好んで買い求めるほど、人気が高い酒米だったのです。
こうして、摂津国・播磨国は、天下の徳川家が認めた由緒正しき酒米の産地として、その名を全国に轟かせました。


「村米制度(むらまいせいど)」とは、播磨地方の酒米産地と、特定の蔵元の間で結ばれる「酒米取引制度(現在の酒造業者との契約)」のことです。
1875年の地租改正により、農家が納める税金は米から金へと変わりました。農家では、収穫量を重視するようになり、品質は右肩下がりに。しかし一方で、酒の需要が増加し、蔵元では酒米を確保しようとしました。その結果、品質の高い酒米を求める蔵元と、販売先を求める農家の思いが一致し、「村米制度」が始まったのです。
1893年、三木市吉川町市野瀬の山田篤治郎が発起人となり、現在の西宮市にある蔵元の辰馬悦蔵と交渉し、取引きを開始したとも言われています。
現在も三木市吉川町を中心に村米制度が残っています。干ばつや水害、震災などの災害時にも互いに助けあうといった、単に酒米の取引きだけでなく、強いつながりが続いているのです。
※蔵元……蔵を持ち、品物の貯蔵・保管をして商売をする人のこと。とくに、酒蔵を持ち日本酒を製造・販売する人のことを指す。
酒米を買うなら
土地を見てから買え山田錦の産地
兵庫県特A地区について
「特A」とは、全国各地のお米を対象に食味官能審査を実施し、格付けされたランキングの最高位のことです。
特A地区とは、三木市や加東市にある極上の酒米が収穫できるエリアを指します。

特A地区とは、今から約2,500万~200万年前までにできた
地層だと言われております。凝灰岩または、頁岩が風化してできた、粘土質の土壌です。
1.標高が高い山間棚田地帯、2.昼夜の気温差が大きく、降水量が少ない、3.「2-1型スメクタイト」とよばれる黒粘土の土壌。
これらの3つの条件をすべて兼ね揃えた土地が、特A地区とよばれています。
中でも兵庫県にある社地区(やしろちく)・東条地区・吉川町は、最高品質の山田錦が栽培される、特A地区のaに選ばれているのです。
吉川町の土壌は、カリウムやマグネシウムを多く含み、土壌の保肥力の数値も高い地力の強いエリアです。地中深くまで活発な稲の根による、糸根状の斑紋が見られます。
ここで採れた酒米から作るお酒は、数値で測ることができない、官能的に感じる「酸」がしっかりとあり、全体的に濃厚な味わいです。
大吟醸など、香りの強いお酒や、生など、「酸」を大事にする味わいの厚みのあるお酒にピッタリです。

山田錦の産地には昔から、「酒米買うなら土地を見てから買え」という格言が言い伝えらえているほど、良質な酒米が採れるかどうかは「産地の土壌や気候が重要である」とされてきました。
具体的には次の4つの条件が知られております。




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